ネット祝電とその例文 ~結婚式編~ 2

今回も、ネット祝電の例文です。


結婚式に贈る電報の参考になさってください。


その3.

ご結婚おめでとうございます。新婚旅行では、いつまでも心に残る、楽しい思い出をつくってきてください。


これは新婚旅行の話を盛り込んだ文章なので、もしも時間や予算の都合で新婚旅行が出来ないカップルにはこの電報は贈らないようにしましょう。


とてもかわいそうな思いをさせてしまいます。


新婚旅行をしても成田離婚してしまったら、こちらとしてはより悲しいですね。


恋人は結婚する前に一緒に海外へ行くことをアンアンでもすすめていました。


そこでお互いの本当の性格がわかるというものです。


海外という慣れない土地でとる相手の行動から、確かにその人の本質が読み取れるかもしれません。


その4.

すてきなカップルのご誕生を心よりお祝い申し上げます。


この電報は、本当にすてきなカップルだと思っているかどうかが肝心です。


本当はそんなこと微塵も思っていないのでしたら、わざわざすてきなカップルだと言う必要はありません。


電報では心から思っていることだけを伝えましょう。


おめでとう以外に何の感想もないのなら、おめでとうだけでもいいのではないでしょうか。


電報短かったね、といわれたら「何の感想もなかった」と正直に伝えればいいのです。

ネット祝電とその例文 ~結婚式編~

ネット祝電を贈るにあたって、一から文章を作り出すのはちょっと大変なことです。


時間がないという方もたくさんいるでしょう。


なのでここはわたしが、結婚式に贈る電報の例文を紹介したいと思います。


ぜひ参考になさってください。


その1.

楽しいことは二倍に、つらいことは半分に。お互いに助け合い、明るい家庭をお築きください。


これはよく言われることですが、その通りなのかもしれません。


お互いに助け合ってこそ夫婦です。


そして家庭は明るくなければいけません。


暗い家庭にはあまり帰りたくないものです。


その2.

人生の門出を心からお祝いします。思いやりと感謝の言葉で、お二人の生活が、よりすばらしいものとなるでしょう。


これは占い師風の電報です。


○○となるでしょう、という言い回しで雑誌の占いコーナー風の雰囲気を出すことが出来ます。


女性というものは占いが好きですから、このような言い回しを使った電報は喜ばれることでしょう。

ネット祝電とアメリカ海軍無線情報センター 2

前回に引き続き、今回のネット祝電もアメリカ海軍無線情報センターについて。


昭和16年12月初めに日本海軍の暗号が変わり、アメリカ軍はJN25B暗号(日本海軍戦略用の呂暗号)の解読に苦心惨憺していました。


電文はまず暗号コードに組まれ、それを5桁の数字10万個の乱数表を使い、すでに暗号になっている電文を係員が換字します。


アメリカ側は、まずこの換字暗号を解いてからでないと元の暗号文に手をつけることができません。


さらに別の仕掛けもありました。


然るべき作戦の目標地点がMO(モレスビー)、MI(ミッドウェー)、AL(アリュウシャン列島)などの略号表で表わされていました。


JN25システムでは、2個ないし3個の文字を組み合わせたものが、作戦計画ばかりでなく「地点略号」として使用されていました。


日本語の電文には、冒頭と末尾に特定の言葉「オワリ」などが使われる場合があります。


これは特に外交暗号に使用頻度が高いものです。


こういう言葉が現れると、暗号のどこに頭や尻尾が隠れているのかを見つけ出すよい手掛かりになりました。


またオーストラリアの地名を符号化するのを怠っていたため、何度も繰り返し使われる特定の地名が貴重なヒントを与えることになったのです。


日付や固有名詞の取り扱いにも同様の不注意がありました。

ネット祝電とアメリカ海軍無線情報センター

今回のネット祝電は、アメリカ海軍無線情報センターについて。


太平洋戦争開戦後約半年、日本海軍が太平洋上で暴れまわっている時、アメリカ海軍の暗号解読班は日本海軍の暗号解読に苦闘していました。


日本艦隊の無線を傍受して暗号を解読するためには、カタカナの和文モールス電信の技術と、日本語を翻訳する語学が必要です。


戦前、アメリカ海軍は日本語の語学コースを日本に開設して習得させていました。


昭和16年秋には閉鎖されましたが、受講した5名の海軍語学士官たちは艦隊無線班に配属され、日本艦隊の無線通信を常時聴取する任務を与えられて、傍受基地に配属されていました。


日本の電信文は、主にカナ文字と数宇で構成されています。


アメリカ海軍は、電信員がこれを傍受するためにカナ文字のモールス符号と国際的なモールス符号の両者に熟達した電信兵を養成していました。


その中には、日本の電信兵が電信を送信する際の固有の特徴(人の音声や筆跡のように電鍵をたたく電信兵の個々に特徴がある)を研究し、呼び出し符号の発信者を特定し、場所を突き止めるといった緻密な仕事もふくんでいました。


傍受所のベテラン通信員は、敵の暗号送信者のモールス電信の打ち方の強弱、リズムを聞きわけ、誰が送信しているのかを突き止める事さえできたのです。


アメリカの傍受者は発信者を推定することがよくあり、特定の発信者には旧友のような親しみを感じて、艦から艦へとその跡を追い、通信解析の資料にもなっていました。

ネット祝電のルーツを探る 4

ネット祝電のルーツを探ってみました。


電報局においては、更に制度を業務の実態に即応させるために、主事を本務主事と改称するほか事故主事を増設して特務主事を4種に分類。


かつ、担務事項についても改めて規定しました。


その後も部分的に変遷を繰返していますが、その模様は次に示すとおりです。


なお定数については、電報激増の過度期にあって大増員されたと旧沿革誌が伝えています。


15年の新局舎移転とともに、通信施設あるいは作業環境の改善に伴い減員されました。


大正7年8月1日、機構改正と同時に管理機能強化の一環として「主査制度」が採用されます。


これは当局限りの措置でその配置基準は主として、監査課及び庶務係等の主事の配置されない部門に対し主事に代る制度として置かれたものでした。


その後庶務係への主事配置あるいは監査主事新設などの事情もあって、配置基準及び適用範囲等が拡大されます。


そして、主事の配置されている部に対しても併置されることになりましたが、この主査は主事の下において特定の業務を分担することとされました。

ネット祝電のルーツを探る 3

ネット祝電のルーツを探ってみました。


同年、欠陥を排除することを目的に主幹代務制が採用されました。


これは便宜的に、主任主事1名を差繰り日勤勤務に指定し、主幹の職務を代務せしめたものです。


この後この代務制は徐々に拡充され、昭和5年12月において内国通信課には3名が置かれていました。


また、外国通信課については、大正15年12月1日、漸く主幹1名が配置されるに至りますが、内国通信課の例にならいその後主幹代務を置くこととし、やはり昭和5年12月においては2名が配置されていたと記録が伝えています。


機構改正と相倹って、管理蜷師の強化と、電報激増という焦易問題を収拾する一手段として主事制度は、定数増加ばかりでなく制度そのものについても根本的な検討が加えられました。


これまでの主事は主幹または課長の補佐者として存在し、その職務の分類もなく「主事」という単一名称の下に律せられてきました。


ところが、大正10年5月、東京逓信局通牒により、職能に応じ主任主事・主事・特務主事と基本的な3種別に分類されます。


更に特務主事は、通信課については整理、調度及び指導の3主事に、受付配達課については内信受付、外信受付及び配達の3主事に細分化。


これらのそれぞれについて担務事項を規定し、制度そのものを科学的あるいはまた合理的なものへと前進せしめます。

ネット祝電のルーツを探る 2

ネット祝電のルーツを探ってみました。


大正時代における部制の推移を簡単に説明します。


特筆に値する事項としては、庶務係に部制が施行されたこと。


内、外通信課及び受付配達課のそれぞれに経理部を新設して課内庶務を担当したこと。


そのほか、電報業務に附帯する統計事務あるいは回線計画資料となる調査、及びその資料整備など管理的な事務を所掌させたことでしょう。


これらの事務は後に監査課で所掌することとなりましたが、当時このような管理的事務を所掌する課はありませんでした。


従って、このような方法がとられるに至ったことは業務の管理運営上大きな進歩だったのです。


更には、臨時調査部を設置(年月不詳、分課未定)して職員の教養の育成及び慰安行事の計画実施を担当せしめ、勤労意欲あるいは能率増進の助成策を講じています。


これらは、いずれも管理機能の強化乃至管理方式の近代化移行を十分にうきぼりする事項でした。


このような組織の変遷に伴い、職制にも当然大きな変革がもたらされました。


東京中央電信局設置以降、通信課は専任課長制をとらず主幹3名を配置。


職務の分担制が施行されてきましたが、7年8月1日の機構改正においてはこの制度が廃止され、各課に課長を庶務係には係長が置かれることとなりました。


これにつれて主幹制度も再検討されるに至り、内国通信課に限り2名配置となり従来に比し、1名が減
員されるに至っています。


このため、従来の三番交替勤務を、余儀なく隔日勤務(午後4時出勤盟午前8時退局)に指定するほかなく、劾通管理上少なからず不便を生じる結果となりました。


しかし、外国通信課については更にこれ以上に深刻な問題となったことはいうまでもありません。

ネット祝電のルーツを探る

ネット祝電のルーツを探ってみました。


大正時代、分掌事項並びに部の再編成課の分掌事項は、「分課規程」に規定されるところにありました。


電報局においては更にこれを細分化し各課・係・部別の「事務分掌規程」を制定し、解釈上の疑義をただし、組織運用に便ならしめるとともに、更に部制についてもこの規程に含めて規定しました。


このような分掌事項の細別方法がいつごろから採用されたかは明確にされていませんが、記録として残されているものは、明治43年、東京中央電信局として再度独立当時のものが最古。


この起源はあらゆる資料から判断して、明治29年(第一次合併時代)、部制施行以来のことではないかと思われます。


大正7年の機構改革に伴い、この事務分掌規程を大幅に改正し、あるいは部制を再編成し、非常時の運用に大きな推進力となったといわれます。


しかし、関東大震災で資料が焼失し、その詳細は不明です。


また、震災以降新局舎内に移転完了するまでに再度改正が加えられた模様ですが、資料が保存されていないので詳述することができません。

お見舞いのマナーとネット祝電 その3

お見舞いの品物としては、寝巻きや素敵なタオル、また、好きな音楽を入れたipodや、本、雑誌なども喜ばれます。

テレホンカード、退院の際はネット祝電などもよいかもしれません。

いちばん手頃なのがお花ですが、お花の場合タブーがあります。

白一色の花や、白と黄色の菊は葬儀を思わせてよくありませんし、真っ赤な花束は血を感じさせ、椿は散りぎわを連想させてよくないといわれます。

香りの強い花や鉢植えは根づくといってよくないという人もいますので避けたほうがよいでしょう。

数にも注意しなくてはいけません。

4と9などは音が「死」「苦」となるので、縁起をかつぐ人には嫌なものです。

ケーキや果物などを持って行く場合にも数には気を配りましょう。

普段あまり縁起をかつがない人でも、病気になると気が弱くなって些細なことが気になるものです。

余計な神経を使わせないように十分配慮してあげましょう。

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お見舞いのマナーとネット祝電 その2

話題にも気をつけたいものです。

病人が楽しくて、元気づけられるようなことを話題にします。

病状を根掘り葉掘り聞いたり、ああすればよかった、こうすればよかったのにというように、過去をほじくり返すような話はしないことです。

また、グループで行った場合に起こりがちですが、自分たちサイドの楽しい話ばかりして、病人が疎外感を味わうような無神経ぶりも避けましょう。

話題は常に「あなたの復帰をみんなが待っている」という表現を忘れずに。

お見舞いに持っていく品を何にしようかと迷いますが、病状によっては、必要のないものだったり、邪魔になるようなものもあります。

迷ったときは現金がいちばんですし、相手も喜んでくれます。

そして退院した際には、ネット祝電などでお祝いの言葉をかけてあげると喜ばれます。


ただ、目上の方にお金をあげるのは失礼になる場合もありますので気をつけます。

もし、お金でする場合は、本来、紅白の結び切りの祝儀袋に入れてよいものなのですが、それに抵抗を感じる方も多いので、左端に赤い線の入ったお見舞い用のお金包みを使うのが無難でしょう。

そのほか、さりげない封筒でもよいのですが、白一色のものは避けます。